仕事 と 子育て ときどき担々麺

OWNDAYSというメガネ屋さんに勤務、経営企画室所属。趣味は担々麺。怒らない子育てをモットーに、4歳男児のお父さんをやってます。仕事のこと、子育てのこと、担々麺のことを中心に気ままに綴ります。

ボクたちは常に選べるって知ってた?

新たな一週間が始まる月曜日。

はい、多くのサラリーマンや学生のテンションを下げる曜日であるのは間違いなさそうですが、もちろん僕にとっても憂鬱な日。そう、(仕事が嫌なんじゃないよ)保育園に通う「あいつ」に頭を悩ませる。多くのお父さんお母さんは経験しているだろう、あれだ。そう、「保育園に行きたくない」ってやつだ。それといつも向き合っている中、「大人であるボクたちは常に選べる」と感じたので、ちょっとまとめてみた。

 

親が決定権を握る

GW明けとか正月明けに下のようなやりとりをすることがあると思う。ちなみに、うちの息子の場合は毎週月曜日だ笑。まぁ、週末の二日間ゆっくり家族で過ごしたら、週明けにそうなるわな、と分らなくもない。

 

ボク:さぁ、健くん、そろそろ行くよ~

息子:いやだぁ、まだ行かなぁい

ボク:じゃあ、これ終わったらすぐ行くよ~

(テレビが切りのいいところで)

ボク:よおし、ほら行くで~

息子:まだ行かない、いやだ~

ボク:さっき行くって約束したでしょー(行く、とは息子は応えてない)

息子:保育園行きたくない!

ボク:ほら、時間なくなてきてるよ。パパお仕事遅れちゃうよぉ。(親の都合でしかない、この理由をつきつけたくないのだけども言ってしまう...)

息子:いやだー!行きたくない。

もう、このエンドレスだ笑。

 

ただ、ふと思う。 

「あぁ、子供って選べないな」って。

いや、選べるんだけど、結局は親に決定権を握られている。例えば、彼にとって、保育園に行かないという思いはあっても、それは実現しない。なぜならそれは僕が無理やりでも行かせるから。誤解のないように言うと、何らかの大きな問題があればもちろんいかないという選択肢も取るのは前提だ。例えば、保育園でいじめにあっている(小学校くらいからは普通に起こりえそう)、先生から虐待を受けている(いや、今通っている保育園は、先生みんな素晴らしい)、などが理由であれば、もちろんそれはその思いを受け止める。

ただ、今回のケースは、単純に本人が「行きたくない」だけだ(恐らく)。そんなとき、僕は、だっこして無理やり連れていくし、そういうことが2か月に一回くらいはある。ちなみにもうすぐ四歳だから、嫌がる彼をだっこで連れていくのは相当腕の筋力的に堪える...。

 

つくづく僕は思う。

繰り返しになるけど、「あぁ、子供って選べないな」って。

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 それに関して二つのことを思う。

 

親が担う責任の重さ

一つは、そうなると親が子供の代わりに担う選択って、計り知れないくらい大切だ、ということ。子供はその場その場で主張はできるけど、最終的に決定権はないし(親が与えない限り)、環境を選べない。だから、子供の意向をくみ取り、その環境を提供することの重み・責任を感じる。

大人はいつでも選べる

もう一つは、「大人っていつでも選べる」ということ。子供は楽でいいなぁ、とかいう人がいるかもしれない。でも、子供は親から決定権を与えられない限り、自分で選べないんだ。そう考えると、常に選択肢を持てるのが大人なんだって思う。

だから、この仕事は嫌だ、早く辞めたい、とか言い続けてるのって、本当ダサいなって思う。そりゃなんらかの理由で続けないといけないのかもしれない。いろんな特殊事情はおいといて、とにかく「自分は選べる」ってことを忘れたらいけないなって思う。それが大人。会社を辞めたければ辞めたらいいし、仕事も選べるし、好きなおもちゃ・服があれば買えるし、好きな時に好きなもの食べられるし、どこに遊びにいくかも決められるし。そんなことを思いださせてくれた。

 

▼だって朝食にインスタントラーメン食べたとしても、誰にも怒られないしね笑▼

 

最後に。

うん、子供って大変。とにかく思い通りにならない。でも、とても大切なことに気づきを与えてくれる。

 

そう、ボクたちは常に選べる んだ。それを忘れちゃいけない。